2013年2月17日日曜日

誤学習:教えようとするあまり

 誤学習とは、誤った行動を学んでしまったり、正しい行動が誤った状況で起こってしまうことです。教育しようとした側が意図しない結果になることです。例えば、何かしてもらった時に礼を言うことを子どもに教えたいとします。ごく普通の教え方としては、何かをあげる前に「ありがとうっ、て言って。」などと子どもに言いますよね。自閉症の子どもによくある誤学習は、「ありがとう」と言わずに、「ありがとう、って言って。」と文章全部を繰り返してしまう事です。他の例としては、「ごちそうさま」と言う事を教えたいのに、ご飯を食べ終わったあとに「ごちそうさま」じゃなくて「ありがとう」と言ってしまうなどです。「ありがとう」自体は誤った行動ではないのですが、言う状況が間違っている。これも良く見られます。
 この程度の誤学習は比較的簡単に直す事ができます。例えば教える側が、「ありがとう、って言って。」と言わずに、「ありがとう」だけ言うようにする等です。しかし、長年かかって学習してしまった行動は、修正が難しいこともあります。ある学校で、こんな生徒がいました。その学校では、否応なしに子どもを椅子に座らせて勉強させる。子どもが嫌がって席を立とうとすると、連れ戻してきて座らせる。もちろん勉強ができれば、しっかり褒められてご褒美ももらえる。大部分の生徒は、最初は連れ戻されるから仕方なくやるけれど、徐々に褒められる喜びのために勉強するように変わって行き、逃げださなくなる。他の学校では学ばなかった子どもが、この学校ではしっかり学ぶようになることも多く、親から見てもこの学校に期待する度合いは大きい。しかしその生徒は残念ながら、しっかり褒められて学ぶ喜びよりも、逃げても連れ戻されるから仕方なくやっている方が強かったようなのです。体が大きくなるに連れて(中学生になるぐらいで)、抵抗すれば勉強しなくてよいことに気づいたのです。これまでは、逃げ出そうとすればすぐに席に連れ戻されていたけれど、床に寝そべって「うどん」のように体をしならせれば、もう大きくなった体は持ち上げられにくい。できたとしても、時間がかかるので勉強時間は減る。教室に入らずにドアの前で床にごろんとすれば、もう先生は引きずって席まで座るのは難しいので、勉強の時間が減る。色々有益な行動を教える予定が、予定外の「うどん」になる行動を教えてしまったわけです。こういった状態で「どうにかして欲しい」と私が呼ばれました。
 その子どもの状態を知るために、ちょっと席に座らせようとしました。もちろん、勉強出来た時のご褒美も用意して、この生徒が簡単にできるような勉強を用意しました。でも、席に近づく事すらできないんです。勉強につながりそう場所に近づいたり、「席に座れ」なんて言われたりすると、すぐに床にでろんと寝そべってしまう。寝そべる行動は、勉強が嫌だから起こる事は明らかなようです。「あ、お菓子がテーブルにあるよ」とごまかしながら体を押して席に近づけようとしても、本当に大人二人がかりでも席に近づく事すらできないんです。よっぽど嫌だったんでしょうね。長年ずっと嫌な事をやらされて来たんでしょう。私も魔法使いではないので、長年かけて育った「勉強嫌い」を好きに変えることはできません。というか、そんなに嫌だったら、何も学ばないでしょう。
 先生とのミーティングで、何のために座らせる価値があるんですか?という会話から始めました。すると先生から、「じゃあ好きな事を勝手にやっているなら、何のために学校に来ているの?それじゃ他の学校と同じでしょう。遊ばせているだけじゃないんですか?」と言われました。先生は学校に対する誇りがあるんですね。この生徒には失敗したかもしれませんが、教育に対する情熱は熱い。でも、私は好きな事をやっていても良いと思います。逆に本人が好きな事をやっていると思えるような状況を作る事が大切なんです。座れないのなら、机に座らずに遊びや他の生活の活動の中で色々教えることもできるでしょう。ただ、生徒主導というか、生徒が先生を無視して勝手にやっていてはダメなんです。学校内で先生に教わるということは、ルールにも先生の指示にもある程度従ってもらう必要がある。ですから、学校の教育を「机に座らせて教える」タイプから、「遊びや活動の中で教える」タイプに変えてもらい、ルールに従う事から徐々に教えましょうと助言しました。しかし、これまでの歴史の影響は大きい。この子と一緒に他の活動をしようと思っても、勉強を連想させるようなことすべてに抵抗を見せ、どんな指示にもほぼ従えない状態でした。「○○しよう」なんて言うと、別に嫌でないことでもすぐに床に寝そべってしまう。ですから、「指示に従うことって悪くないよ」という新しい経験を積む所から始めなければ行けない。これまでの勉強に対する悪い印象を徐々に変えて行くために、指示を与える機会自体を大きく減らすことにしました。もちろんこれでは意図的に学ぶ機会を大きく減らしてしまうので(いずれにせよその時点では、何を教えているとも言えない状態であるが)、親にも承諾をとりました。
 具体的に言えば、取りあえず、本人が好きなビデオを見る、クラスで好きな遊びをする、等と言った、非常に楽チンでやりやすい時間割にしました。ここで重要なのは、先生の指示に従って、そのスケジュールに従って教室間を移動するということです。ビデオ室に行ってビデオを見て、時間がくれば教室に戻り、お昼は食堂に行って、先生の指示通り教室間を移動するということが意外に難しい。これまでは、たとえお昼に食堂に行くだけでも、だまされて勉強させられるとでも懸念しているのか、床に寝そべってしまう。全員他の生徒がいなくなって初めて「勉強じゃなくて、ご飯の時間だ」と確認し、移動する。しかも、この子は何かの活動の最中にフラフラと歩き出してしまう事が多いので、「食べている時は座る」、「ビデオを見ている時は座る」といったルールも教えなければ行けない。これだけでも意外に学ぶ事は多い。実は、時間割を変えてすぐは、ビデオルームに入るだけで抵抗しました。「お前の好きなビデオ見ろ!」って強制しているようで、笑ってしまいました。一週間ぐらいで抵抗せず、床に寝そべらずに自分で教室間の移動ができるようになりました。面白い事に、次の一週間で本人の顔に違いが見られました。これまでは、花粉症とか埃のアレルギーで、顔の口の周りの皮膚が真っ赤になっていたんですが、皮膚がきれいになって、赤みが取れました。これまで本当に毎日床にずっと寝そべって来てたために、埃と花粉にまみれてアレルギーが悪化していたんだ、と私も初めて理解出来ました。先生も、「これで何とか教えられる方向性が見えた。」と言っていました。
 この後も色々とでてくる問題を解決しながら徐々に教える事を増やして行きましたが、紆余曲折というか、本当に時間がかかりました。先生の教えたいという思いが逆の結果に至ってしまうこともあるという例です。

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