2013年2月8日金曜日

ABA:消去

 自閉症の療育に関わらず、ABAは誤解される事本当に多いんですよ。色々誤解されやすいような専門用語もあるし、その考え方自体が分かりづらい場合もある。今回はその中で「消去」について触れて行きたいと思います。というのも、先日あるお母さんから、以下のようなアドバイスを聞いた事があると聞きました。「外出先で子どもが泣いてしまった時、絶対子どもの思い通りにやらせてはいけない。子どもの思い通りにやらせてしまうと、泣くという行動を将来的に増やしてしまう。どうせ泣いても30分くらいなのだから、泣かせておけば良い。」どう思います?理論的には正しいけれど、外出先という状況を考えるともっと良いでしょう。
 理論的にちょっと説明しますね。例えばスーパーで買い物している時に、子どもが抱っこして欲しくて、泣くとしますよね。「泣く」という行動に焦点を置くと、親が抱っこする事で、行動の後に良い事があったのですから、将来的には抱っこして欲しければすぐに「泣く」ようになってしまう訳です。簡単に言えば、泣いたからと言ってすぐに抱っこする癖を付けているために、泣く行動がいつまでたってもなくならない。ではそれを変えるためには?泣いても抱っこしないようにする事で、その場一時的にはもっと泣くかもしれないけれど、将来的には徐々に泣かないようになっていく(泣く行動を消去できる)という事です。ただし、そう簡単に教科書通りに行くぐらいなら、コンサルタントはいらないですよね。
 先に「外出先という状況を考える」と言いましたが、一般の人(子どもの事やABAの療育などを知らない人)が見ている状況で子どもを30分泣かせるのは、親の気持ちを考えると疑問に思えます。ある自閉症児を持つお母さんが以下のような話をしてくれました(実際の話です)。このお母さんの子どもは、スーパーに行って欲しい物があると、すぐに泣いてしまい、あまりに大きな声で泣きわめくため、どうしても子どもの欲しい物を買わざるを得ないと話しました。以前ABAを少し知っている方から、「スーパーで泣いても子どもの欲しい物をあげては行けない」と言うアドバイスを受けてそれに従ったところ、45分間子どもが泣き続け、泣いたあげくに(意図的に出はないが、かんしゃくの一部として)ワインのボトルを落として割ってしまった。店員さんを呼んで片付けようとしているのに、子どもは先に店を出ようとしているし、他の人から注目を受けて、あまりの恥ずかしさにその経験がトラウマになってしまった。もうそのスーパーには恥ずかしくって二度と行けない。と言うエピソードです。アドバイスがトラウマにつながってしまっては、元も子もないですよね。これは極端な例かもしれませんが、状況に合わせて手法を変えるというのはABAに限らず大切ですよね。
 こういう失敗は、消去という手法だけに依存する方法だからです。先ほどのお菓子が欲しくて泣いてしまっている、鳴き声の相当大きい、しかも簡単に泣き止まない子どもの例を考えた場合、消去だけを使う事はお勧めできません。適切でない行動を減らすだけでなく、他に適切な(強化したい・増やしたい)行動を探して、どうやってそれを増やすのかを分析します。お母さんと一緒にショッピングカートをひいて(他に手を伸ばさないように両手を使わせる)、一緒に歩く事を教えたいとします。子どもが欲しいと思われるお菓子を最初から用意して(レジまで待たなくても良い)、子どもが泣く前に、ショッピングカートを持って一緒に歩いている段階で、好きなお菓子を与えてしまえば良いのです。好きなお菓子が得られる訳ですから、子どもは泣く必要がない。最初は買い物を一緒に全部済ませる事は無理かもしれないので、適切に歩く練習をするためだけにスーパーに行くのも良いでしょう。スーパーの中一列を正しく歩けた時に、「良く歩けたね。」と褒めてやり、お菓子(一袋全部ではなくても、一個だけでも)与えます。徐々に一列から二列、そして店全体など、お菓子をもらう前に適切に歩ける距離を増やして行きます。上の例の子どもは、この手法で徐々にお菓子を得られるまでの時間を延ばして行き、最終的には買い物を済ませて車に戻って来てからお菓子を食べるまでになりました。時間は結構かかりましたが、このケースには効果的でした。これはあくまで例なので、これが他の子どもすべてに当てはあるということでもありません。子どもによって歩ける距離の長さ、適切な行動の種類(カートを持つ、お母さんの手をつなぐ、ボールなど小さなオモチャをポケットに入れて触る、品物の名前をあてっこする)など、色々考えて子どもにあったものを選ぶ必要があります。一般に言えるのは、行動を減らしたい場合には必ず、代わりとなる行動を強化することで、消去の起こす問題(一時的にでも泣くという行動が増えてしまう)をカバーすることもできます。
 どうですか?消去ダメだとかということではなくて、ABAを使えば必ずしも同じ手法を使うとは限らないと言いたいのです。上の例以外の手法も当然考えられます。状況や問題行動、子どもの好きな物、なぜ行動が起こるのかなど、子どもにあわせて分析し、その分析に合わせてアドバイスをするのがABAであり、だから「応用行動分析」という名前なのです。「ABAはスパルタな印象があるからやりたくない」、という事を耳にする事もありますが、私からすれば「じゃあ、そうじゃないABAにすれば良いんじゃないの?」と思います。スパルタにやる事もできるし(それが好きな人もいるし)、そうじゃなくも出来ます。私の場合、できれば親の価値観を尊重して(そう簡単ではありませんが)、子どもにも親にもあまり無理のない手法をなるべく選んでやる事を心がけています。

4 件のコメント:

  1. 私の長男4歳は、動作模倣、音声指示、音声模倣(五十音順)まで進みましたが、一行に3文字以上に進みません。
    なにかしら突破口があれば、ご伝授お願い致します。

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    1. 「一行に3文字以上」というのは、どういうことですか?
      音声模倣で3音以上(つみき、おかし等)ということですか?
      主にディスクリートトライアルで音声指示に従うことや、動作模倣することを教えられたと理解して良いですか?

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    2. 返信ありがとうございます。
      「あか、あお、もも」は、まね出来る様になりましたが、「ばなな、りんご」などがまね出来ない状況です。
      「立って」、「コップ取ってきて」、「ばななを指指して」などが出来るので、物の名前などは分かるはずなんですが。

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    3. 返信おくれました。
       音声模倣は一番難しいレッスンの一つです。どうしても身体プロンプトが使えないので、シェイピング・分化強化していくしかありません。ここで大切なことが二つあります。
      1「物の名前が分かっている」ということと、「物の名前が言える」というのは、全然別のスキルだということです。
      2「一音一音が言えるのだから、組み合わせも出来るはず」と一概に考えてしまいがちですが、そうとも限らないということです。
       私の経験からすると、自分の名前が言えない子どもがいました。「名前は?」と聞くと、「イェティー」と言いますが、本当の名前は全然違うんです。しかも、名前の一音一音を模倣させると言えるんですが、組み合わせると何故か大分違う「イェティー」になってしまう。本人は結構自身満々で言っています。スピーチ(言語聴覚士)の先生も「組み合わせの音は難しい」と言われました。
       こういう場合、子どもと療育する場合の両方にストレスがかかってしまいます。物の名前が分かっていても口で言えない(自分では言っているつもりでも口から出てこない)というのは子どもにもストレスがかかります。教えている方は「何で言えないんだろう」という疑問から、ストレスがかかります。はっきり言って、ストレスをかけたまま練習を繰り返して、あまり喋らなくなってしまった(話す事自体が嫌になった)例も見ました。
       どういうことかというと、私の理解では、筋肉を育てる必要があるので、時間がかかるということです。大人は流暢にはなしているので、筋肉を使っていることさえ意識していませんが、顔の筋肉は複雑です。話はじめの子どもは筋肉が発達していないので、特に音の組み合わせを覚える際には、しょっちゅう話させて筋肉を徐々に育てることが大切です。
       私の場合、ストレスをかけないように言葉全体の練習をすることが大切だと思います。「ばなな」や「りんご」の発音自体にあまり固執せず、「言おうとしている」「がんばっている」行動全体を褒めてやれば、本人にもストレスがかからずに日常的に音の組み合わせをがんばって出す練習の機会を増やせます。筋肉増加の練習量が増えれば、練習量増加にともなって、特別「ばなな」ばかりを練習していたわけではなくても、徐々に3音4音の組み合わせの音が出来るようになる事があります。「イェティー」君も今では普通に喋ってます。
       この内容も、他の方にもためになると思いますので、投稿させて頂きます。

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