2012年12月19日水曜日

こだわり

 前回「要求の仕方」の投稿で話をした米寿87歳の私のおじいちゃんですが、退院早々暴走中です。おじいちゃんの泣き落としで予定外に決まった退院なので、私も迎えに行く予定の調整がつかず、お姉さん(叔母にあたる、祖父の娘)に迎えに来てもらうように連絡しました。午前中退院とういことですが、お姉さんの都合からお昼近くになるということでしたので、看護婦さんにもそう伝え、おじいちゃんにもそれまで待つように言い残して帰りました。ところが、夜おじいちゃんからお姉さんに電話があって、お昼近くまでは待てない、タクシーで帰る、迎えに来るなと言い張ったそうです。結局一人でタクシーで退院してしまいました。お姉さんからは、「色々配慮してもらったのに申し訳ないけれど、わがままなおじいちゃんなので、諦めてください。」とメールが来ていました。おじいちゃん、そんなにまでして逃げるように帰りたかったか?2、3時間の違いがどうなるワケでもないじゃないですか。どうして?理解に苦しみます。ただし、確かにここまではっきりしていると、「あっぱれ。」としか言いようがないですね。実はこれはある程度予想していたので、看護婦さんには「縛り付けてけてでも迎えを待つように」とお願いしてきたんですけれど、本当に縛り付けるわけにはいかないので、こうなったら勝手にやってもらうしかないですね。
 人のしたい事っていうのは、本当にそれぞれですね。他の人からは理解出来ない事もよくあるでしょう。ですから、他の人の理解や支援を受けるためにも、普通は色々理由とか、言い訳とか、説明を付ける訳です。まあ、うちのおじいちゃんの場合はあまり説明とかもないんですけどね。自閉症の方にはよく「こだわり」って言われていますが、「こうでなければならない」という決まりが自分の中であって、他の人から見れば大したことでなかったとしても、その決まりが本人には本当に大事なんです。それから少しでも外れてしまうとパニクったり、非常に腹を立てたりするんですよ。しかも、自閉症の人ってそれを上手く説明できないんです。どうして決まりに従う事がそんなに大切なのか。もちろん上手く説明できるようになれれば、そう教えてあげれば、周りも理解できて支援もしやすくなりますよね。説明できなかったとしても、「石の上にも3年」と言われるように、同じ事をずっと繰り返していれば、将来ギネスに載ったり、研究として認められたりすることもあるかもしれません。
 突然ですが、アメリカから日本に帰って来ると、日本人は本当に固いなあと思います。日本には「こうしなければならない」というルールというか、社会的に期待される礼儀とか常識みたいな物が多くあって、それから外れる人は、鬱陶しがられたり、嫌われたりしてしまうんです。ですから日本ではみんな同じような行動を取ってくれて、礼儀正しいので便利なんですが、ある意味臨機応変さに欠けます。これって、「こだわり」ですよね。発明家とか、研究者とか、他の人と同じ発想をしていては商売にならないので、基本的に変人じゃないですか。日本では育ちにくいのかな、なんて思います。これからは日本でも積極的にこういった違いのある人を育てていかなければ行けないと思います。違うってことは、素晴らしいことなんです。みんな勝手な事をしだすと、不便にはなります。だってみんな自分勝手なんですから、確かに協調性には欠けます。それでも良いじゃないですか。良い発明もできるかもしれません。自閉症の人や変人を責めている暇があったら、こちらこそ「こだわり」、捨ててみませんか?

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