2013年12月18日水曜日

イヤイヤ期

 「イヤイヤ期」ってありますよね。英語ではちなみに"Terrible two(ひどい2歳)"なんて言いますが、こういう言い方があるということは、文化を超えて2−3歳という時期が色々と指示に従えない難しい時期であるようです。私の教室にも、朝私の顔を見ると「先生イヤイヤ」と言う子がいます。「おはよう」と挨拶すると、「おはよう、しない」と返します。でも、他の子どもに気を取られていると(無視していると)、わざわざ私の目の前に顔を出して「せんせい、おはよう」と言って来ます。ちょっと指示を与えると「イヤー!」と叫んだり、わざわざテーブルの上に登って「テーブル登る、しない」と自分で言ったりしています(叱られる言葉を先取りしている)。しかし、「イヤ」、「しない」と言いながらも、結局たくさん楽しんで帰って行くし、色々教えられているし、色々観察しているからか、こちらが教えようとしないことまで等色々と学んでもいます。「イヤ」と言いたい、言われたことをやりたくない、やってはいけないと言われたことをしてみたい、という時期なんでしょうね。私も無理に抑えつける様な教育は避けています。
 イヤイヤ期はもちろん誰にでもあるということではなく、何の反抗もなくのんびり育つ子どももいます。ちなみに私の母親によると、幼児期の私は何の問題もなく楽に育ち、私の姉は反対に大変だったようです。そうかと思えば、私は40過ぎた今頃でも会うたびに「イヤイヤ」反抗し、万年イヤイヤ期に突入しています。うちの母親は「ああした方が良い」「こうした方が良い」と色々と忠告したいタイプなんですが、私は忠告されるのが嫌いなんですよ(勝手ということか)。うっとうしくなってイヤイヤ言っている私に、母親はいまだに「素直に聞きなさい!」って怒っていますが、言う方も言う方ですよね。40過ぎの男に何言ってんだか。まあ小さい頃楽だからと言ってそれが続くとは限らないということですね。
 おっと話を戻すと、治療教育で難しいのは「イヤイヤ期」だからこんなに反抗するのか、自閉症などの発達障害から来る特有の問題行動なのか、なかなか区別がつきにくいことでしょう。2−3歳だからと放っておいて良い問題なのか、積極的に改善させようとした方が良いのか、難しい時もあるでしょう。基本は問題行動が学びの障害になっているか、そうでないか、こちらはそれに合わせて反応を変えて行きます。学んでいるのなら、無理に「イヤ」を直す必要がない(「イヤ」が問題行動ではない)ということです。手間がかかるだけでは「問題」にしてはかわいそうでしょう。でも、2時間泣き叫ぶ様な場合はその分2時間学びが妨害されてしまったので、問題でしょう。ところで「イヤー!」と叫んだり、床に寝転んでわめいたりするような行動を改善させる際に、ABAでは基本的には「機能」という考え方をします。なぜこの行動をしているのかという理由が、行動の「機能」と呼ばれるものです。この問題行動の理由によって対処方法を変えるのが当然ということでしょう。
 例えば、「片付けて」と言われただけで、「イヤー」と叫んで床に転がる子もいます。自閉症の診断がある場合、「片付けなさい」とさらに強く指示を受ければ、先ほどの言ったように1時間でも2時間でも泣き続けるようなことは良くあります。これでは他の学習や活動に障害がでます。自閉症などの診断がある子どもは、ちょっとでもいつものやり方と違うとストレスになる(こだわりが強い)場合があるので、片付けという動作が難しいというよりも、例えば「片付けは親がするもの」という勝手なルールがあってそれを外れるので問題行動を起こすということも考えられます。いずれにせよ、片付けという一見簡単な課題の遂行が難しかったわけです。こういった場合は、課題遂行を徐々に少しずつ教えて行きます。片付けであれば、例えば最初はゴミ1つゴミ箱に入れるとか、本1冊を本棚に返すとか、簡単な片付けから教えて行きます。結局のところ子どもが泣いてもわめいても片付けをさせるわけですが、その代わり「ゴミ一つだけ」など、課題のハードルを非常に簡単にすることで成功体験を積ませて行き、気がついた時には「片付けは私ができる」というルールに変わっているということが理想ですね。
 これに反して、 健常発達の子に見られるイヤイヤ期の場合は、相手の反応をうかがっているというか、相手の反応が見たくて「イヤー」と言っている場合が多いのではないでしょうか。与えられた課題が「イヤ(難しい、面倒臭い)」ということを上回るくらい、お母さん、お父さんの怒った顔が見たい、とでも説明しましょうか。叫びながらも涙が出ずにしっかりと親の顔を見ていたり、まさに「ほら、僕ってこんなに悪い子。こんなことしたら、どうするの?怒るの?怒れないよね、だって僕2歳だもん。」とでも言っているかのようです。一つのことで2時間泣き続けることはありませんが、それでも面倒くさいかと言われれば、非常に面倒くさいです。相手の反応が見たいということが理由で怒っている行動なので、「またそんなことして!何度言ったら分かるの!」と感情的に怒ってしまうとか、ドラマチックな反応を見せるとか、こういった親の対応はまさに子どもの「思うつぼ」で、逆効果になります。まあ健常発達の場合、いつか過ぎ去る問題ですから(結構長引く子もいますが)、あまり騒ぎ立てず静かに待つのが得策です。冷静に対処というのは、「イヤー」と叫ばれてもやらせることはやらせて、「相手の反応を見たい」という子どもの欲求を満たさないようにしなければなりません。しかし、「相手の反応を見たい」という欲求自体は悪い物ではないので、逆にもっと正しい行動をした時に満足させなければいけません。例えばゲーム等で親が驚いたり、笑ったり、怒ったりといった喜怒哀楽を見せる等、他の楽しい行動をして同じ様なドラマチックな反応を見られるようにする必要があるでしょう。
 しかし、実際療育をする場合はそのコンビネーションといったことも多いです。 時にはこだわりのために泣いていて、時には本当に指示されたことが出来なくて泣いており、時には相手の反応を見るためにやっている。治療教育が上手く行って色々なことがわかるようになったり、前まではあまり興味のなかった人の反応が面白くなってくると、問題行動も少しずつ複雑になってくることがあります。これまでの単純なこだわりが抜けて、違ったこだわりに変わる場合もあります。いずれにせよ基本は同じことでしょう。何が目的になっているのかを推測しながら、対処を変えて行くのです。子どもは「イヤー」と言って泣いているだけでなぜ嫌なのか言ってくれませんから、「ちょっと出した課題が難しすぎたか?次は優しくして行く必要があるのか?」「ちょっとこちらの対処が感情的になりすぎているか?次からもっと冷静にする必要があるか?」等、色々子どもの様子と自分の対処を冷静に考察する必要があります。まあ自分の子どものことになると、中々冷静に対処できませんよね。そういった人間らしさも大切ですから、冷静でなかったからと言って、がっかりしないでください。子どももちょっと「イヤイヤ」がある方が子どもらしいですよ。完全を求めないところが、鍵になります。

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