2013年6月21日金曜日

療育家として残したいもの

 実は先日私の10年来の友人が亡くなりました。ほぼ同年代でしたので、初めに知らせを聞いたときはそんな事があるとは全然想像さえしていなかったので、文字通り「は?」と聞き返してしまいました。その後少し慌てました。
 友人はまだABAなどという言葉は知られておらず、自閉症への教育なんてあまり話されていなかった10年以上も前から療育の仕事を立ち上げられた方で、立ち上げに際して私がいたウェスタンミシガン大学へしばらく来て療育を見てもらったり、アメリカで一緒にワークショップに参加して私が通訳したりしました。「大きな会社にするつもりはないが、療育する側が生活を成り立たせるだけのしっかりとした収入のある、質の高い信頼のある会社に仕上げたい。」と言っていたのを覚えています。日本に帰って来て会いに行くたびに、会社が徐々にうまい方向へいっているのが目に見えました。
 通夜に行って友人のお母さんから初めて急性のがんで亡くなられた事を知りました。入院して10日という事です。あまりに事が早かったので、連絡する機会もなかったのでしょう。友人等の若い人の葬儀には初めて参加するので 、戸惑いました。親に相談して喪服や数珠等は用意できたけれど、すっかりハンカチを忘れていて、涙をうまく拭えませんでした。通夜では療育を受けた自閉症の子ども達も大きくなっていて、「生き返って来てね。」などと話しかけていました。帰りの電車で、一緒に葬儀に参加したであろう親御さん達の話が聞くともなく耳に入ってきました。「学校でのトラブルで本当に困って相談してみたんだけど、わざわざ学校にまで行ってくれたんだよ。先生と色々と一緒に話してくれて、一発で問題が解決したよ。あの人はカリスマ性もあったし。」本当に、生徒さん達やお母さん達の人生に大きな影響を与えていたのですね。こういった伝説は語り継がれていくでしょう。
 帰りの新幹線で私と友人に対してビールを一本ずつ買いました(結局私が2本飲んだという事ですね)。最後にもう一回でも一緒に飲めたら・・・。仏壇に食べ物を添えるのは、こういうことなんだなあと思いました。自分のためにするんだなあ、と。人生いつ何があるか分からないですね。小さくても良いから、質の高い、信頼のある会社。お母さん達からその療育の成果が語り継がれるような仕事。実際ところは本当に一握りの生徒さんや親御さんを満足させられれば、十分ですね。友人から学ぶ事が本当に多かったと思います。初心を忘れないように、友人の分まで真剣な療育をするつもりで、これからも頑張らなければ行けませんね。

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