学習障がい LD、ADHD、高機能自閉スペクトラム ASD

 今日発達障がいの(又はその疑いのある)小学生低学年向けの教室を始めました。対象とする発達障がいを具体的に言うと、学習障がい(LD)、ADHD、高機能自閉スペクトラム症(ASD)です。学習障がいが本格的に顕著に問題として現れるのは主に高学年なのですが、学校での問題が顕著に現れる頃には、実は成績の低さだけでなく「自尊心の低さ」や「学習そのものへのやる気の欠如」と言うような二次障害を生んでしまっている場合が多いのです。「ウチの子は勉強ができなくて」という悩みを放っておくと、気づいた頃には問題行動が増えていたり、「どうせ私なんて(俺なんて)」と取り組みが悪かったり、学校で孤立していたり、不登校であったり、問題がさらに大きく膨らんでしまっていることもあるのです。
 多くの学習塾では、勉強を教えてくれます。勉強ができない生徒への対処法としては、単刀直入です。しかし、「勉強ができない(成績が悪い)」と言うのは結果論であって、その背景には、学校場面で学習することへの「学習への基礎力」とでも言いましょうか?そこが欠けていることが多いのです。学校で何も学ばずに帰ってきて塾でやり直しをしているのですから、学校で勉強してさらに塾でも勉強している生徒に比べると、結局は徐々に追いつかなくなるのが当然の結果かもしれません。学校の代わりに勉強を教えてくれる場所ではなく、学校教育の中で学習できる生徒に育てていくことが長い目で見ると必要なのです。
 生徒が挫けるのは、意外に細かい部分です。例えば「板書するスピードが遅い」「表の中のどこに書き込むのかわからなくなってしまう」「先生の話がわからなくなったら、すぐに諦めてその後は聞いていない」「表現が変わると同じ問題でもわからなくなってしまう」「次の活動の準備ができない」「必要な物のチェックができない」、「他に生徒の発言に気が取られてしまう」などで、1つ1つは早いうちから徐々に訓練していけば、修正可能なことも多い細かなことなのです。しかし、何もしないでいると、その1つ1つの「できない」にぶつかる度に学習が滞ります。学校の授業が「わからない」のは、こういった些細な「できない」の積み重ねから起こってしまうのです。高学年になって問題が決定的に顕著になる頃には、「できない」の積み重ねが4年も5年もあるのですから、それは「俺なんて・・・」となってしまうのも理解できます。国語や算数の勉強を教えても、「学習への基礎力」を身につけていかない限り、問題は解決しないのです。そして、それは出来るだけ早い段階で始めるべきなのです。

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