指示に従う力・教師による体罰

 今日中日新聞と東海地方のテレビニュースで、愛知県小学校、特別支援学級の担任教師が自閉症児の子供(10才)の両手を縛るというニュースが出ていました。中日新聞によると、子供が片付けする時間でない時に片付けをしてしまったので、「今は授業の準備をするときだよ」と説得したが、聞かなかったため(この子供は言葉があまり理解できなかったのですが)ビニールひもで両手首を二重に縛ったということなんです。しかもそれが明らかになったのは、教員自身が連絡帳に「たいほしました」と書いたからなんです。ちょっと感覚が信じられませんね。親が連絡帳に「人に迷惑をかけない行動をするように育てたい」と書いていたのを受けて、教員はその思いを受け止めて厳しくしようと思ったということです。ここで問題になるのが、教員の教える力、障がいのある子供への指導力です。明らかにどう教育して良いのか分かっていない。
 教育委員会はぜひこの教える力の欠如を真剣に捉えて欲しいのです。学校はこの事件を機に、特別支援学級の担当を増やし、自閉症の勉強会を開く事を決めたようです。しかし、「勉強会」って実質どういうことでしょう?先生同士で勉強をしろってことでしょうか?もし本当に教員が暗中模索状態で教育している状態であれば(問題が根深いとすれば)、教員にとっても子供にとっても悲劇ですよね。どちらも辛い状態にあって、抜け出せない。専門家から正式なトレーニングを受けて、治療教育の方法を身につける必要があるかもしれません。教員の教育の技術が改善されなければ、体罰という形ではないにしても今後何かしら問題は現れ続けるのではないでしょうか?また、こういう事件があるということは、一般に教員が専門的なトレーニングを受けていないことの現れであるかもしれません(氷山の一角である可能性がある)。まあ私のような治療教育の専門家がこう言うと、「仕事を探しているんじゃないの?」と言われかねませんので、このくらいにしておきます。熱くなってしまってすみません。
 では、お母さんが心配したように「人に迷惑をかけないように」人の指示に従うことを教えるにはどうしたら良いでしょう?基本は、1)先生が指示を出す、2)生徒が従う、3)先生が褒める、です。簡単に言えば、生徒が指示に従った時に必ず褒める癖を付けることです。生徒が指示に従う経験と、褒められる経験を何百回何千回と繰り返すことで、指示に従える傾向が徐々についていきます。ただし、生徒が指示に始めから従えなければ先生も褒められないので、簡単な指示から始めて、徐々に難しい指示に移行して行きます。簡単な指示を出しているのに子供が指示に従わない時は(従えるけれど従う気がない場合)、どうすれば良いでしょう?基本は、1)先生が指示を出す、2)生徒が従わない、3)先生が手助け(プロンプト)をして従わせる、です。簡単に言えば、指示を出した以上は必ずやらせるということです。ただし、難しすぎる指示を与えてしまうと、子供も苦痛で反抗したりして、またこういう時に手助けを入れようとすれば失敗します。愛知県の体罰の例ではないけれど、無理強いしてしまい失敗します。だから、生徒が簡単に従えそうな指示から与え、徐々に難しくしていくことが大切なんです。これは確かに時間はかかりますが、効果的ですし、ここまでは自閉症とか広汎性発達障害とか関係無しで健常児にも使える手法です。
 自閉症の場合は、簡単に従える指示と難しい指示の区別がつきづらいので、上記の「徐々に難しくしていく」が難しくなります。まず、指示を与える時生徒の状態を注意して観察する必要があります。テレビを見ていたり、オモチャで遊んでいる時に指示を出しては、いつもは簡単に従える指示でも生徒はそれに従えません。それから、周りにたくさん人がいたり、音がうるさいというだけで、指示が耳に入らない子供もいます。言語の限られた子供には、言い方に注意する必要もあります。「ノートをロッカーから持って来て。」と指示するのに比べて、「後ろにあるあそこのロッカーから、ノートをこっちまで持って来てくれるかな?」と指示するのでは、同じ内容でも倍近く言葉が多く入っています。言葉が遅れている子供にたくさんの言葉で話すと、理解されにくいんです。言い方がちょっと変わっただけで指示に従えない子供もいます。こだわりがあって、ちょっといつもの順序と違うとパニクってしまう子供もいます。パニクっている時に指示を出しても、もちろん従ってはくれません。逆に普段は指示に従えない子供が、指示に従えるようにヒントを与えてあげることもできます。口で言った指示には従えなかった子供が、絵カード等の視覚情報を使うと比較的簡単に指示に従えるようになる場合もあります。ビデオ等で指示に従う方法を見せてやる事で、それが出来るようになる場合もあります。子供にとってどうすれば一番受け入れられやすい指示になるのか、発見してやる必要があるのです。
  例を出しますね。ある4才の自閉症と診断された女の子、4才児にしてはあまりにも大きい(40キロ以上)。言葉はほとんどなく、特殊教育のプリスクールに入りたいのですが、服が着られないので外に出られないんです。女の子なので裸で学校に行かせる訳にはいかず、私が家庭まで呼ばれました。聞くと、お父さんはもと軍隊にいたぐらいで、体格も大きくとても厳格で、無理にこの子に服を着せていました。でも、お父さんがいなくなるとすぐに服を脱いでしまうんです。この子はもう40キロ以上なので、お母さんはとてもじゃないけれど、体全体で抵抗する子供に無理矢理服を着せられません。無理に着せられた経験から、服を着せられようとするとすぐに床にどてっと寝てしまいます。もう2ヶ月以上も外に出た事がないということです。外に出そうとしても抵抗するんだそうです。突然やってきた私が、この子をどうやって指示に従わせることができるでしょう?取りあえず服を着せるよう試してみました。どれくらい反抗するのか、自分の目で見てみないとね。着替えた時のご褒美にお菓子も用意しました。服を近づけると逃げようとするのですが、手を握って、気をそらせるために歌も歌ってみました。服を近づけながらジャンプしてみました。女の子の姉達もやってきて、応援しました。シャツの袖を通すと、家族みんなで手を叩いて喜び、頭を通せばパーティー状態。女の子も「何かいつもと違う」というような表情でしたが、あれっと思う間に服を着せられてしまいました。そして、着替えた直後に「やったー」ってみんなで褒めながら、その流れで外に連れ出してしまいました。外に出た瞬間の女の子の顔は今でも忘れません。「こんな世界があったのか。」というような不思議な表情をしていました。2ヶ月も外に出た事がなかったのですから、当然と言えば当然ですかね。しばらく外を歩いて(実は裸足)、家に帰って女の子が自分から服を脱ぎだす前に、服を脱いでと言う指示を出して脱がせました。お母さんは奇跡だと言って泣いていました。この例で大切なのは、女の子の様子を観察しながら、「従いにくい指示」をいかに「従いやすい指示」に変えて行くか、それからいかに「強化」というか、皆の応援や褒め言葉、着替えた後の褒美(外に出られること)が大切かということです。ちなみに、その次の日、女の子は外に出たくて自分から服をお母さんの所に持ってきて、服を着てお母さんと一緒に散歩に出かけたそうです。 まあこういう例は珍しいにしても、教育は常に子供の様子をしっかり観察しながら、その時々の対処を変え、その子に一番あったやり方をみつけて行く必要があるのです。
 長くなりましたが、ためになりました?

コメント

このブログの人気の投稿

自閉スペクトラム症と運動

スモール・ステップで勝ち負け、「負けて悔しい」を教える

第3回オンラインABA講座「そんたく」