自閉症は感情が薄い?:行動のきっかけ(SD)

  私の子どもの幼稚園は園バスがなく、朝は私が幼稚園に連れて行ってます。子どもを連れて園に近づくと、同じく通園する生徒と保護者、それから通勤してきた園の先生にすれ違います。この時通常挨拶しますよね?この挨拶で気づいたことがあります。私が子どもを連れて歩いている時は、遠くからでも「おはようございます」と声をかけていただきますが、子どもと別れて園から職場に向かう時は、途端に挨拶をかけられなくなるのです。こちらからすれ違う先生に挨拶をすると、ちょっと通り過ぎてしまってから「あ、おはようございます。」と、明らかに気づかなかった感で遅れて挨拶が返ってきます。子どもと一緒にいないと、急に「お父さん」と認められなくなるのです。園は比較的人通りのあるところにあり、朝はサラリーマンも多く通勤で歩いているところです。子どもと一緒にいないと、急に「お父さん」から「ただの通勤途中のサラリーマン」に紛れて分からなくなるらしいのです。面白いことに女性の場合は子どもと一緒にいなくても「お母さんかも?」「先生かも?」という目で見ているのでしょう、すれ違って挨拶を忘れることはないんです。男性は子どもが一緒になって初めて「お友達の〇〇君のお父さん」になり、子どもがいなければ「対象外」のようなのです。

 一般的な心理学で言えば、父親とサラリーマンの認知の部分になるのでしょうか?私は一般的心理学の専門家ではないため分かりませんが、行動分析的には頭の中にあって見えない「認知」には頼らない分析の仕方をします。行動分析的に言うと挨拶が起こらない状態は、行動の「きっかけ」がない(専門用語で言うと弁別刺激、SDがない)ために行動が起こらない状態と考えます。詳しく言うと、園の近くにいる男性という刺激は「子どもが一緒にいる」という刺激が一緒にはって初めて行動を引き起こすきっかけ(弁別刺激)になります。サラリーマンに挨拶をしても返答が返ってこないので、サラリーマンには挨拶をしない。園児の父親に挨拶をすると挨拶が返ってくるので、父親には挨拶をする。サラリーマンが実は父親である可能性は、一人でいる女性が園児の母親である可能性よりも圧倒的に低いために、女性がひとりでいれば、顔を詳しく見て母親かどうかをチェックするが、男性が一人でいる場合、父親かどうかを確認する行動が学習されていないと考えます。私が一人で歩いていて挨拶をされないのは、単純にそれを引き起こすきっかけがなかった(SDがなかった)ということなのです。認知というものに頼らない分析、難しいですかね?

 またもう1つ重要なのは、「挨拶をしたくない」という動機とも別に考えるということです。「挨拶したい」動機があっても完全に行動が起こらないということは、世の中にはたくさんあると考えてもらうと良いでしょう。

 例えば自閉スペクトラムの生徒で「あるある」なのは、子どもらしい感情表現が乏しいというか、感情があまり表情に出ないということです。例えば、お腹が空いているなら「お腹減った!」と言って欲しいです。でも、お腹が減ってもフツーな顔をしていて、追い込まれてから突然泣いたりする行動に繋がることがあります。そこで初めて周囲も、ええ?どうしたの?何か欲しいの?・・・・もしかして、お腹が減っていたの?と気づいて、やっと食べ物が与えられることになるので、手間がかかります。例えば先生から「これやろうよ」と誘われたことがやりたくない場合も、フツーな顔をしているので「じゃあやってみよう」となるのですが、しばらくして耐えられない状態に追い込まれて、突然先生を叩く行動に出ます。この時点で、「なんで突然叩いたの?この子は攻撃的」とレッテルを貼られてしまう場合も多いのですが、実は本人としては「嫌だ」という気持ちに気付けず、どんどん追い込まれて、結局叩くことしか行動のレパートリーがなかったということになった場合もあるのです。私の体験としては、大好きなお母さんがいなくなっても平気な顔をしている生徒が多いことです。お母さんからすると「この子は私がいなくなっても平気」と勘違いしてしまいますが、試してみると20分くらいしてやっと泣き出します。実はママがいなくなって悲しいかったのです。でも、ママが欲しい動機は強いはずなのに、それが表情や言葉に(感情表現の行動)出ないのです。私はこれも、動機ではなく行動のきっかけ(弁別刺激、SD)がないのだと想像します。嬉しい、悲しいという状況ですぐに行動に出せないのは非常に大変な、辛いことだと思います。

 大人で話ができる自閉スペクトラムの人から話してもらうと「お腹が減っていた」とか、そう言う状態に気づきにくいと言う方もいるようです。自分の感情に気づきにくい場合、「お腹が減ってる」とか「喉が渇いた」とか、絵カードや文字などの視覚的な刺激が近くにあると、「ああ、私ってお腹が減っているんだ」と気づいて行動に移しやすいとお話ししていました。私たちも体験として、お腹が減っていても気づけず、気づけばイライラしていたなんて事もありますよね。その状態が起こりやすい人がいると理解すると、イメージつきやすいかもしれません。前回テーマにしたPECS(絵カードを使ったコミュニケーションシステム)は、こう言うときにも役に立ちます。PECSを出すと、「うちの子は言葉が話せるのに・・・」と感じられる保護者もおられるのですが、必ずしも言葉が話せない生徒に限定すべきものではなく、自身の内的な動機の状態に気づき、適切な行動を取るためのお手伝いにも使えるのです。 

 この「気づきにくい」傾向は多分治るものではないのでしょうが、できる限り緩和されるように教えていきたいものです。私の教室では、なるべく早い段階でその動機の状態に気づいてあげて、早めの段階で「今〇〇したい」と言葉にしてあげるように頑張ります。ただ、表情で読み取れない場合、これは非常に難しいことです。よく観察しても、気づいてあげられないことも多いです。絵カードなどを置いておくこともしますが、その場面に「あら、絵カードが」とすぐに見つかる状況も、口で言うほど簡単ではないです。ただ、言えるようになると本人の人生が(周りの人も)楽になりますし、訓練により大きく改善する子もいます。

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